名古屋高等裁判所金沢支部 昭和38年(う)51号 判決 1963年10月03日
被告人 笠谷徳太郎
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
事実誤認並びに法令の適用に誤があるとの論旨について。
その要旨は原判決は被告人の実兄故笠谷平吉の墓碑を破壊し、かつ碑内に安置してあつた故人の遺骨を取り出した事実を認定し、これを刑法第一八九条の罪に該当するものとしているが、同条の発掘とは正当の理由なくして墳墓を損壊又は解体等して墓碑内に蔵置されている遺骨を取り出し、これを公衆の目に触れる状態に置くか又は隠匿若くは領得することをいうものであつて、被告人は本件の故平吉の遺族笠谷ウタが被告人所有の山林内に建立した故平吉の墓を祖先の墓碑に近接し、これと並んだ所に移転するのが故平吉の生前の意思にも合致し、かつ必要であると考え、右笠谷ウタに右移転を通告のうえ、故平吉の墓を移転したものであり、その際檀那寺仙浄寺の住職に依頼し一般慣習に則り、鄭重な読経を行い、故平吉に対する尊崇の感情を失わず又墓のもつ宗教的神聖を犯さなかつたものであるから被告人の右所為は刑法第一八九条の墳墓発掘に該当しないものである。然るに原審が被告人の右所為を有罪と認めたのは事実を誤認し、ひいては法律の解釈適用を誤り、その誤りは判決に影響を及ぼすべきこと明らかであるから原判決は破棄を免れないというのである。
本件につき所論のように原判決が刑法第一八九条を適用処断したことは原判決により明らかである。
思うに刑法第一八九条の墳墓発掘罪は正当の事由なくして墳墓を発掘することによつて成立するものであつて、所論のように墳墓内に蔵置されている遺骨、遺骸を取り出して公衆の目に触れる状態に置くこと、又はその遺骨遺骸を隠匿若しくは領得することは必ずしも、その成立要件ではないと解すべきである。
本件において被告人は笠谷ウタの建立管理にかかる故笠谷平吉の墳墓をウタの意に反して毀損発掘したものであつて、該事実及び原判示事実は原判決挙示の証拠により認めるに十分である。
所論は笠谷ウタが被告人所有の山林内に本件墳墓を建立したので被告人は故平吉の墓を祖先の墓碑に近接してこれと並んだ所に移転することが故平吉の生前の意思にも合致し且つ必要であると考えて本件墓を移転したものである旨主張するので案ずるに、原審における証人笠谷ウタ尋問調書、被告人の検察官に対する供述調書二通によれば、本件墳墓のあつた場所は笠谷ウタの管理している土地で、その土地の所有関係につき被告人と同女との間に争われていたこと並びに被告人は故平吉の墳墓を祖先の墳墓と並べて設けたいとの考を抱いていた事実を認め得られるか、右の事情を以て被告人において建立、管理者笠谷ウタの意思に反して急速に本件墳墓の発掘移転を強行せねばならないやむを得ない違法性阻却の事由となすことができない。
次に所論は被告人が本件所為に出た僧侶に依頼して一般慣習に則り読経を行い、故人に対する尊崇、墓の持つ宗教的神聖を犯さなかつたものである旨主張し、当審証人北原良範の証言及び被告人の検察官に対する第一回供述調書に徴すれば被告人が僧侶北原良範に依頼し本件墳墓の移転前と移転後の二回に亘り墓前で読経を行つて貰つた事実を認めることができるけれども、右証人の証言及び被告人の当公廷における供述によれば前叙の読経は笠谷ウタの不知の間に被告人のみの立会で行われたものであり且つ右の第一回の読経は被告人が本件墳墓の発掘に着手し墓石最上部の墓碑石を取り除いた後のことであることが認められる。
このような読経施行はそれ自体通常の方法とは云えない(前掲証人北原良範の証言参照)のみならず、墳墓の管理者の意に反してなす意思の下で行われたものである以上右読経を施行したことを以て、その発掘行為につき正当の事由があると云うことができない。
上来説示のとおりであつて原判決には事実誤認はなく、又被告人の本件行為に対し刑法第一八九条を適用したのは正当であるから論旨は理由がない。
控訴趣意五(量刑不当)について
本件記録を精査し、原審並びに当審の取調べた証拠により認め得る本件犯行の動機、態様、被告人の本件犯行に対する反省の態度、故平吉の遺族に対する態度、その他刑の量定に影響すべき諸般の事情を綜合すれば、原審が被告人を懲役三月の実刑に処したのは相当であつて重きに過ぎるものとはいえない。論旨は理由がない。
よつて本件控訴はいずれも理由がないから刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し、全部被告人の負担とし、主文のとおり判決する。
(裁判官 山田義盛 堀端弘士 松田四郎)